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2日連続で運動会でした。
朝からお弁当作りに爆。

毎年毎年、運動会の日は早起きしてお弁当を作っていて、
それはもう経験が存分にあると思うのですが、
それなのになぜ毎年毎年自分は開会式に間に合わないのだらう。

・・・・まあ、それは置いといて、
トラックで全力で走る少年少女たちを見て、
「全力を出すって、それだけで見てる側を感動させるなー」と思いました。
で、今、自分が全力で走ったら体のどこかが壊れるだろうなーと思いました。

たとえば、
たとえ文化系の部活に所属している子でも、
全力で走ると大変だろうけれども、たぶん体が壊れることにはならない。
体育の授業などである程度習慣的に体を動かしているだろうし、
なにより、体に柔軟性がある。

でも、大人はこうはいかない。
全力で走るためには、長い長い時間をかけて準備が必要。

あ、
全力を出すには、
本人の「頑張ろう」って気持ちだけじゃなくて、
全力を出す時期や環境も必要で、
それがそろって初めて全力を出せるんだ、

と、競技を見ながらぼんやり思いました。

ははのんきだね

「やりたいことをやろうと思ったら年齢は関係ない」
よくそういう言葉を聞きます。
もちろん嘘ではないけれど、
時期や環境が一致していなければ、
「やりたいこと」のスタートラインに立つまでに、
ものすごい時間を投資することになると思うんですよね。

で、自分はどうよ。
長くなるので続きに続きます。

私は今、絵を描いたり何か作ったりしていますが、
少し前までは、それらは定年になってからやろうと思っていました。

仕事と家庭を、命綱のない綱渡りのような状態でこなし、
毎日「早く定年にならないかな」と思っていました。
ひどいときには、「早く死ぬ前日にならないかな」と思っていました。

40歳になった頃から、目が悪くなりました。
字や線がぶれて見えてきて、乱視が進んだのだと思いました。

が、そうではなく、たぶん、これは「老眼」だ。
と、あるとき気づきました。

定年はもう少し先で、
死ぬのは、たぶんそれより先だろう。
でも、それよりも前に、体は、
自分が思うようには動かなくなるだろう。

やりたいことを先のばしにしてる場合か?

そう思いました。
やりたい気持ちがあっても、
目が見えなくなったらできないぞ。
指が動かなくなったらできないぞ。
今は今にしかない。

その気持ちが、仕事を辞めるきっかけとなりました。

10年後、20年後、30年後が、
今と同じである保証はない。
振り返ってみるがいい。
10年前に当たり前のように時代を支配していたモノが、価値観が、
今の時代に通用しているか?
いわんや、30年後をや。

未来を担保に今を生きてはいけない。

いま自分が持っているものは、いま使え。
いま全力を出せ。
全力を出しても壊れない、いま使え。
出し惜しみをするな。
出し惜しみをすれば、
全力を出す前に、全力を出せる環境を失うだろう。



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